子どものころについたリズム

母さんもっとないのカボチャ

子どもたちに対何も、満遍なく宿題を終わらせることが勉強ではないのです。宿題が終わらなかったら、自分で楽しく学習したものを添えて先生に提出させてもよいのです。もしそれを叱る先生であれば、本当に勉強する子どもは脱線をするでしょう。
例えば、次々と似たようなことばが出てきて、一つわからない字があって辞それに興味を持ったならばということの意味がわかっていない先生ですから、いさぎよく叱られましょう。
社会科にしても理科にしても、勉強の途中で
これはなぜだろうという疑問が生じたときは、それを追求することの方が、本当の意味での勉強になります。そうした子どもをお母さんが楽しく援助できれば、実によい勉強をしたことになります。

高校へ進み

ただし、お母さんの方が面白くなって調べ上げ、子どもにそれをうつさせるというのでは、かえって母親への依存心を強めてしまいます。援助するというのはなかなかむずかしいことですから、その点での工夫をいろいろにしてみて下さい。
お母さんが外へ出て働くときこのように、子どもとともに生活していて楽しい雰囲気を作り出すには、お母さんの創造性が必要になります。この創造性とは、毎日の生活に新しい面を作り出す力です。子どものセンスを磨きたい

しつけより親の生き方に問題

子どものころについたリズムですから、食事を作り片付けものをしたあと、テレビを見て過ごすような変化のない生活に甘んじているお母さんには、実現されないことです。幸い、子どもとともに生活するということは、子どもからいろいろと教わることができますから、毎日の生活を創造することができるはずです。
実は、家事や子育てをつまらないことのように思っている母親がいるのは、創造性のないことを証明しているようなものです。とくに子どもとともにいる生活は、毎日毎日が創造だと言ってもよいでしょう。母親にねむっていた創造性が、子どもによって呼びさまされることは、非常にたくさんあります。子どもは発達する存在であり、毎日毎日を形成しているのですから、それを見ているだけでも楽しいし、また、形成へのお手伝いをすることが、お母さんの創造性を高める仕事になるのです。
とくに子どもは次代を背負う存在ですから、次代を作り出す仕事が育児や教育だ!と
いってもよいほどです。その実感はなかなか湧かないでしょうが、子どもとともに生活を創造することを考えれば、家事や育児がつまらないなどということにはならないはずですその結果、子どもはいきいきします家庭を創造的に運営する力のない母親は、家庭外に刺激を求めるでしょう。

先生だったのでしょう

子供の感想文には忘れず
母親が職業につくということには、もちろん、いろいろな意義があり、大切なことですが、もし、家事、とくに子どもとの生活がわずらわしいという気持が少しでもあるならば、非常に重大な問題というべきでしょう。子どもにとっては悲劇です。
子どもを育てるということは、決して安易なことではありません。平穏無事な生活をかき乱し、わずらわしい思いを母親にさせるということが、子どもの発達の本質にはあるわけで、それを避けて通るということは、子どもにとっては悲しいことです。子どもからいろいろと難問をつきつけられながら、それが子どものどのような要求から起きているかを考え、自分なりの扱い方を生み出すことが、子どもの人格を創造的にすることにつなが母親自身の人格も向上させることになるのです。
子供でも本当に自分が好きなことをやっている時

子どもはテレビなどマスメディアの情報

それによって慈母の姿に近付くのです昔の母親は、貧しさに支えられて、慈母の姿を現した面があります。身を粉にし、心を砕いて、朝早くから子どもたちのために働きました。それには悲壮な面があり、そうせざるを得なかったのです。しかし、子どもたちは、その姿に感激したのです。今のように家庭生活が合理化し、家庭の経済が以前よりもはるかにゆたかになって来て楽になったときに、うっかりしているとテレビばかりを見ている母親の姿になってしまいます。そこには怠惰な姿があるのみです。自己を充実させるためにどのようにしたらよいのでしょうか外へ出て働くことが自己充実に結びつくものであれば生き甲斐にも通ずるでしょうし、それによって金銭を得ることができるでしょうが、次代を担う子どものことを放り出していたのでは、子どもの人格形成にゆがみが生ずる恐れがあります近所に工場ができ、次々と近隣の母親がパートタイマーで働き、家庭の経済もそのためによくなっていくのを見て、Aさんも働きに出ました。

父親がいきなり玄関に出ることはなかった。

子どもがいますお小遣い
しかし、それが果して自分の生き甲斐とどういう関係があるのかという点について疑問を持ちました。工場主が儲けるための援助をしているだけではないか-という考えにもなりましたし、その中で、近所の子どもに問題が起きたのを考えてみると、いかに仕事と子どもの教育との両立がむずかしいカーと考え出しました。それをつきつめてみると、お金をとってくるよりも、子どもとともにいて落ちついた生活をすることや、もっと自分自身が勉強することの方が大切ではないか--という考え方に傾いてきました。


子どものころについたリズム 父親なのです。 先生ではたよりない。