子どもの問題が表面化する頃には駄々つ子の芽はす

子どもの自立心は必然的に育たない外部との闘争

そのためには、動物の飼育を決定するときに、はっきりと子どもにまかせる約束をして、親は援助をしない覚悟をきめる必要があります。動物に思いやりのゆたかな母親には、どうしてもその覚悟がきまらないままに、ずるずるとなってしまっている例が多いのです。そして、愚痴をこぼしながら、母親がそのあと始末をしている例が少なくないのです。愚痴をこぼすほど、愚かしいことはありません。子どもは聞き流すだけで、決して学習しないものです。
同様なことは、植物の栽培についても言えます。栽培を怠った結果がどうなるかを、子どもに体験させることが必要です。悲しい結果になることもありますが、本当の教育をするためにも、その覚悟をしなければならないこともあるのです。
経験をさせましょう。

子どもの人格形成のため
稽古事は子どもの生活のアクセントわがままを育てないように稽古事には、いろいろなものがあります。バイオリン、ピアノ、オルガンなどの西洋音楽もあり、バレエや舞踊もあります。琴や三味線などの日本音楽の稽古事もありましょう。
そのほか、絵画教室、スポーツ教室、珠算や習字の教室など、実にたくさんのものがあります子どもたちも、友達からその話を聞いて、お稽古に行きたいと言い出すでしょう。

先生との相性が悪いなんて

  • 母さんではありません。
  • 母には私たち
  • 学校に六年もいるのもおもしろくない。


保育園の門まではなんとか連れていけるのです


子どもたちが小さい頃

母親も、何か身につけさせるものがあれば-と、稽古事に通わせる気持にもなるでしょう。
中には、学校の教科との関係で、体育·絵画·習字などの稽古事をさせる人もあるでしょう。また近所の子どもが始めたから-というだけの根拠で稽古事をさせる人があるかも知れません中には三つも四つも稽古事をさせている両親があります。D君の例もそうでした。D君が私の前に現れたのは、全く別の理由でしたが、結局は稽古事が余りにも多いのに気がっいたのです.D君の1週間のスケジュールは、稽古事で詰まっていました。
いつ遊ぶの?ときいてみますと、水曜日の午後かななどと事もなげに答えたのでした。母親にその理由をききますと、私は決して、子どもに無理をさせた覚えはありません。
両親そろってあるいは片親であってもどんなに親

子供たちを限られた時間だけ

子どもがやりたいと言うものですから……と言い、いわゆる教育ママではないことを強調しまし六しかし、問題は、子どもがやりたいというものですからという点にあったのです。子どもがやりたいと言えば、何でもやらせてよいのか--ということに気付いていなかったのです。子どもの要求にのみ応じてそれを満たすことは、結局は自分本位の子どもにしてしまうことに気付いていなかったのです。
その子どもは、知能も高く小器用であったことが、親たちに誤った判断をさせてしまいました。稽古事に行った先々の先生が、見込みのある子だと言って下さったので、両親は喜びました。実は、それが、商業主義からの発言だったことには気付いていなかったのです。四つも稽古事があったのでは、学校の勉強もありますから、充分に練習などできるはずがありません。一つだって、腕をあげるには、日頃の練習が必要です。その子どもには、練習の時間などはほとんどなかったのです。


いじめなんてそういうものだからね。

子供の真綿のような心

しかし、小器用であったので稽古事に行くと、一応は上手にこなしたのです。
しかし、いつまでもそうはいきません。一つことに練習を励んでいる子どもに追い越されてしまったのです。その辺から、焦りが生じました。ことに、見込みがあるなどと言われ、優越感を持っていましたから、焦り始めるとそれは非常に強くなってきたのです。自分本位の子どもなので、自分の思い通りにならないと、焦りはいっそう強くなってしまいます。しかも、負担のかかっている稽古事でも、見込みがあると言われているためにやめるわけにもいかなかったのです。
子どもに見本を見せていけばいいのです。


先生が来るからヤバいぞ。

遂に破局が訪れました。学校で妙なことを言って、大声を上げたのです。目は座ったままでしたので、教師はてっきり精神に異常をきたしたと思ったというほど異様だったそうです。そこで初めて、私の方に送られてきて、真相がはっきりしたのです。一人っ子だったし、充分に子どもに投資する経済力もあったのです。子どもが要求するものは、稽古事以外にも、物質的な面で、つまり、物を買い与えるという点で、何でもきいてあげていた
のですから、わがままにならないはずはありませんでしたまず、わがままを直す必要があります。一カ月に子どもにかける費用を決めて、子どもの物質的要求を制限し、稽古事も一つに整理しました。初めは、子どもからのいろいろな文句があったり、要求がきき入れられないと暴れたりしましたが、両親はそれに耐えました。