子どもの意識に大まじめに働き

子どもの場合にはそれが成功して

土曜·日曜は団欒を楽しむ日に子どもが勉強に自発的に取り組んでいないと、母親の中には、教師に対して宿題を出してほしいなどと本末転倒の要求を出す者が現れます。宿題をたくさんに出す教師をよい教師だとするような愚かな考え方になります。このような考え方をもっている母親に対
し、おもねる気持を持っている教師は、たくさんに宿題を出す結果になって、子どもを苦しめています本当に一人一人の子どもの実力をつけることを考えて宿題を出すことは、非常に大へんな仕事で、そうたくさんに出せるものではない-とすぐれた教師は言っています。
大学へ行く

宿題をたくさんに出す教師は、自分の不安から、量的にのみ学習を考え、質的な見方を忘れてしまっています。問題は、宿題の量よりも質にあるのです。その宿題が、本人の実力をつけるのにどのように役立っているかを、充分に検討した上でなければ、子どもを苦しめるばかりです宿題をたくさんに出された子どもは、翌日までにそれを終えなければならないでしょう。
とても、自分の力ではできないとなると、お母さんの援助が始まり、二人がかりで宿題に取り組むことになりますそうなると、決まったように、母と子のけんかが起きます。なかなかはかどらない宿題にいらいらした母親は、どうしても子どもを叱ることが多くなってしまいます。子どもはそれが不愉快になり、親に向かって口答えをしたりするでしょう。

子どもが幼く慣れない所

  • 子供の過ちを諭
  • 子どもにしてしまう
  • しつけは十分だと思います。


母さんも多いのですがこれはますますいけません。


子どもはついてこないわけですね。

次第に二人ともが興奮して、二人とも泣き出すなどという悲しい状態が起きてしまいます。宿題が、母子間の断絶を招いているのです宿題は、教師と子どもとの間の約束ですから、お母さんとは関係なく、ひとりでするようにと言うべきです。教師も、お母さんにはご迷惑をかけないようにと言うことが大切です。ところが教師の中には、親の援助を期待している人があります。お母さんがみてくれなくては困るなどと言う教師です。
個性を認識し未来を想像して

勉強の予定がバッチリと書き込まれた紙を誇らし気

教師は、親に対しては子どもの学習については、すべて私にまかせてほしいと言うべきで、それでこそ、専門職としての誇りを持つことができるのです土曜日に宿題を多く出す教師がありました。それは、土曜日、日曜日をぶらぶらと過ごして困るから宿題を出してほしいという母親たちの要請に応えたからでした。このような母親や教師は、土曜日と日曜日のあることをどのように考えているのでしょうか。また家庭生活をどのように考えているのでしょうか。
土曜日や日曜日は、家庭にとって大切の日です。一家がすべての仕事や勉強から解放されて団欒を楽しむ日です。それに、親戚や友人が参加するかも知れません。それなのにたくさんの宿題を出すのは、オーバーな言い方になるかも知れませんが、一家を不幸におとしいれているのですそれに気付いたある母親は、


教育をするため

母親からの非難があって

「土曜日や日曜日に宿題がでたら、それをやらなくてもいい。
お母さんが先生にお手紙を書いてあげるから……」と言って、手紙を書きました。
土曜日から日曜日にかけて、親戚が来て家庭の大切な営みをいたしましたので、宿題をする時間がありませんでした。親戚とのつき合いは、家庭としての大切な営みであると考えましたので、どうかご諒承下さいますようというものでありました。家庭を大切にする母親の悲愴な叫びでもあったのです。しかし、教師にはそれがわからなかったようです。あるいは、母親の思い上がりと感じたかも知れません。
子どもが小さい頃に親が離婚して


子どもらしい内面的な活動は決して

学力偏重で詰め込み主義の現在の学校教育からの圧力から、子どもや家庭を守り家庭の団欒を維持するために、両親なりの結論を導き出す必要があるのです家庭が落ちついて楽しい団欒がなくては、その上にいくら学業を積み上げても、何かの契機から、学習意欲が、がらがらとくずれてしまうことが少なくありません。近頃の思春期以後の子どもにそれが非常に多くなっています。思春期以後のいろいろな事件から子どもを守るためにも、落ちついて楽しい家庭生活をどのようにして実現したらよいかを考え
てみる必要があります。
その点で、学校教育が家庭生活を侵害しないように、教師もまた充分に配慮をすべきで
ペットを飼いたいとせがまれたとき動物の飼育や植物の栽培が、子どもの人格形成にとって、どのような意味があるでしょうか。