学校側の四角四面な規律の強調

子どもたち一人一人

確かに、解決が困難なことがしばしばです。しかし、それを父親が放り出しておくのと、解決のためにいろいろと努力するのとでは、明るさがちがっています。流れがあるのは澱みをさけることができるからです年寄りにも若い夫婦にも、本当に民主的な考え方が確立している場合には、一軒の住んでも、葛藤は起きないはずです。その場合も、当然、一軒の家の中でもお年寄りのスペースと若い家族のスペースとをはっきりと分離すべきでしょう。部屋の分離はもちろんのこと台所も洗面所も分けるべきでしょう。分離を明確にして、それぞれの個人の意識や行動を尊重し、決して干渉し合わないという考え方ができていれば、衝突は生じないばかりか、お互いに協力できる共同の場や時間を見つけて、ともに楽しく住み合うことも可能になりますこのように考えてきますと、一日も早く民主的な考え方を確立することが必要です。と前近代的な本音が残っていることがたくさんにあります。過渡期の現象ではありますが、家族の中で葛藤が起きたときには、どの点が原因となっているかどうかを、よく考えてみなければならないころが、建前は民主的となったわが国の家族一人一人の意識の中に
でしょう。
父親なのです。

子どもが買ってくれない
子どもが買ってくれない
母さん自身がおしゃべりなのです。
母さん自身がおしゃべりなのです。


両親の気遣いも大切である。

小学校で生徒をなぐ

先生たちに伝えたいこと
よい教師とは、どのような教師でしょうかその点について、ることが必要です。
引き続いて担任であってほしいと願ったり、子どもにとってよい教師であるかどうかは、子どもたちが先生についてどのようなイメージを持っているかを、学年がかわるときに、知クラスの子どもたちは、いろいろに思います。
本当に子どもたちのイメージと関係が深いのです。
早く代ってほしいと願ったり教師自身、いつも考えていなければならないことは、子どもという弱者を相手にしているということです。弱者を相手にしていると、いつの間にか傲慢な心がのさばってしまい子どもに対するおじぎが粗末になってきます。自分の中にある未熟な人格を棚に上げて子どもやその親を非難するような人格になりさがってしまいます。この点を、厳しく戒めなければなりません。
とくに現在の学校教育は、子ども不在と言われ、知識の詰め込みになっています。

子供は判断の基準を失ってしまいます。

子供に対する態度その圧力のために、子どもの人格にはゆがみが生じ、学力のついていない子どもがふぇています。どうしたらこの難問題を解決できるでしょうか。両親とともに考え合うときが来ていると思います。
一人一人を可愛がる先生子どものよさを見つけてあげるれまでに、私もほんとうによい先生だ!
励まされてきました。
と心から感動する教師にたびたび出会い、T先生は、その中でも、最も偉大な存在です。そのクラスには、いつも心身に障害のある子どもが入級しています。そして、「障害児が友達によってよい発達を遂げるばかりでなく、ふつうといわれている子どもたちも、彼らによってよい発達を実現している」と話してくださいます。この言葉は、これまで多くの教師によって言われてきた言葉とは正反対です。
母さんいつも言っているでしょ父親から満たされないところ多くの教師の言っていた言葉は、障害児は、ほかの子どもの迷惑になり、学習の進度を妨げるということで、結局、普通学級から締め出されていたのですふつうといわれる子どもたちの発達が、障害児によってよい影響を受ける-というのは、一体、どういうことなのでしょうか。それは、ふつうの子どもたちがそれぞれ自分なりに、友だちを援助する方法を見つけ出し、それを実践することを言っているのです。これが、本当の福祉の心です。福祉の心は、人格の中で極めて大切な要素ですこうした福祉の心は、障害児を憐れむ心とは全くちがいます。一人の人間として大切にすることです。

先生が怒られた。

そのために先生は、障害児が入級してきても病気の子どもだからとか皆で親切にするようにということは一言も言いません。そのように言ってきかせることは、子どもたちに憐れみから生ずる行動をさせてしまうことになるからです。教師自身がどのようにその子どもを扱うか、その手本を示すことによって、子どもたちも自分なその子どもを扱う方法を考え出すものですT先生の扱い方というのは、どういうものであったでしょうか。ある自閉的な子どもはT先生を好きになると、授業中にも飛び出して行って先生に飛びついたのです。先生はその子どもを抱いたまま授業を続けたのです。それに対して、ほかの子どもはどのように感じたでしょうか。
子どものころについたリズム


子供の前ではという意味ですが。

先生はオシッコではありませんあの子はあのようにして先生から可愛がられているのだという感じを持ったのですどうしてそのような感じを子どもたちが持ったのでしょうか。それは、日頃の先生と子どもたちの心の結び付きにあったのです。子どもたち一人一人が、その先生から可愛がられているという確信を持っているからです。それは、T先生が、それぞれの子どもの
よさをはっきりと認め、それを大切にしてるからこそ形成された確信です。T先生は、学業成績にこだわっての発言をするようなことはありません。教師の中には、学業成績のよい子ばかりを可愛がる風潮がありますが、T先生の場合は、学業成績が低くても、その子どもなりのよさを見つけ出してあげているのです。