母さんが間違いやすい

練習も苦にならないもの。

子どもの前でほめてもらうのです。わが国には、明治以来の出世主義がまだまだ頭にこびりついていて、人間の幸せとは何カーということを充分に噛みしめてみる心を失ってしまっている人がたくさんにいます。幸せということが、絶えず外側との関係で考えられ、内側の1つまり、自分の心の中の幸せにはなっていかないのです。これも多くの人々が貧しかった時代が永く続いたからでありましょうが、そして、ゆたかになったとはいえ、まだまだその不安が続いていることもありましょう。いずれにせよ、人生における本当の幸せとは何カーについてもう一度考えてみる必要があります。
子どもを学習塾に通わせるかどうか-という問題も、単に有名校にいれるためとか学業成績をあげるためとかいうのではなく、本当にどのような人生を子どもに与えたらよいかについて考えるところから始まるのです。

父親が認めて

強い心の子どもを育てるための三カ条過保護と溺愛を改めること子どもをもっときたえなければならない-と言われます。
スパルタ教育ということも両親にとっても教師に言われています。子どもを強い子どもにしたい-ということは、とっても大切な教育の目標です。
そこで、強い子とはどういう子か-について考えてみなければならないでしょうし、きたえる方法についても検討する必要があります。
強い子ーという場合に、からだのことと心のこととに分けて考えるでしょう。からだにしても腕力や走力などの運動機能の面もあり、病気に対する抵抗力も考えられるでしょう。心の問題については、意志が強いとかがまん強いとかが考えられるでしょう。父親は自分の仕事に誠心誠意取り組む姿をち

子どもはほとんどいないと言っていいのです

母親の心のゆとりが必要です。からだの面については、すでに前のページで述べましたのでそれを読んでいただきたいのですが、ここでは、かりにからだが弱くても、心を強くすることを考えたいと思います。
からだが弱い子どもについては、必ず、心を強くすることを考えてほしいのですからだの弱い子どもに対しては、どうしても過保護になります。過保護な養育態度は、子どもに依存性を養います。依頼心を強めます。また、つい溺愛になってしまいます。溺愛は自分本位な心を強めます。がまんする力の弱い子どもにします。そして、からだとともに心も虚弱な子どもにしてしまい、人生の脱落者にしてしまいます。

子どもの心に感動を与えるものなのです

成長のための大き
例えば、くり返し発作の起きる病気に、ぜん息や自家中毒症やてんかんなどがあります。
ぜん息の子どもの心を強くするために、乾布摩擦や冷水摩擦をしていただくことにしています。摩擦がぜん息に直接に効果をもたらすということは、医学的に証明されていることではありません。しかし、母親も子どもも、強いからだになろうという心構えを持つとが、何らかの影響をからだに与えることが考えられます。とにかく、毎日朝と晩とに摩擦することは、心に張りを与え、それがぜん息発作を次第に軽くしてゆき、子どもも発作以外のときには友達と活発に遊ぶようになります。
自家中毒症のときも同じです。
子どもになってほしいです

母さんの気持ちとしては単に家事が大変という以上

発作を起こすのではないかという不安が、発作を誘発していることが少なくないので、どんどん友達と遊ばせることをお願いします。友達と遊び始め、けんかなどをするようになりますと、発作などはけろっとなおってしまう例さえもあるのです。
三歳頃から毎月のように自家中毒の発作を起こしていた六歳の女の子の家庭に行ってみますと、何とも陰気なのです。とくに発作が起きそうになると、部屋を暗くして心を落ちつかせるようにと医者から指導されていたので、私が行ったときには、部屋を暗くしてぁリました。そこで、私は部屋をすっかりあけ、明るく風通しのよい状態を作り、子どもと遊ぶ機会をねらっていました。気分悪そうに首を左右にふったり、舌をぺろぺろ出したりしていた子どもが、ふっと私の方を見たとき、私はすかさずおじちゃんと遊ぼうねと微笑みかけたのです。

子どもたちの多くが外国に行って住めば

母親がしゃしゃり出て
しかし、第一の働きかけは成功せず、彼女はすぐに後ろを向いてしまいました。しかし、間もなく再び私の方を向いたのです。そこで遊ぼうよと言ったのですが、また、私に背を向けてしまいました。
しかし、四回目がきました。私は思い切ってその子どもの手を取って、私のひざに抱きとりました。そして、彼女の好きそうな玩具を渡したのです。そうすると、それを受け取り、手先でもてあそんでいるのです。そこで私は、彼女の手を取って抱き起こし、私のひ
ざの上に乗せました。そして、いっしょに遊んでみたのです。すると、それに応じるではありませんか。そこでしばらくしてから、彼女を床におろし、思い切ってたくさんの玩具を私と子どものまわりに並べてみました。すると、その中の一つ二つを私に渡してくれ、いっしょに遊ぼうという態度を示しました。すると、だんだんに元気がよくなり、遂に私との遊びを楽しむ様子が見られました。これでよしと私は、その家を出ました。実はそのあと、自家中毒症の発作がすっかりなおってしまいました。


母親の心のゆとりが必要です。 子どものさまざまな生活実践の中 育てる一人遊び