母さんは私のことをちゃんと見ていてくれたんだちょ

子ども以上にこわがっているものなのですね。

子どもの問題行動について相談されると、つい、お前の育て方が悪いからだとも言いたくなることがありましょうが、これは禁句です。母親の方は、悲しい思いをするでしょうし、ひそかに敵意を持つでしょう。妻のみを責めるような問題ではなく、協力し合って当たるべきことなのですから封建時代の父親は、家事や育児のすべてを母親まかせにしました。その代り、外でのことは一切妻には言わないという型がありました。しかし、民主的な家庭の運営は、家事にせよ育児にせよ、教育上の問題にせよ、母親と父親とで協力するという気持が基礎となっていなければなりません。具体的な問題はともかくとしても、いっしょになって事に当たることだけは前提条件となるのです。
子どもは自分で深く確かめる。

子どもがたくさんいます。
子どもがたくさんいます。
子どもが可哀想じゃない
子どもが可哀想じゃない


父親だろう

子どもに有無を言わせず

さらに、共稼ぎの家庭で代表されることですが、家事や育児の分担は、その量はどうであっても、双方ですべきです。とくに、家庭での生活が忙しく、母親ひとりではなかなか運営がむずかしいときには、どうしても父親の手を借りなければ、母親の負担が大きすぎます。子どもが二人になり、三人になったときにはなかなか育児や教育に負担がかかりますから、協力の体制が必要です。ところが、わが国の父親には、未だに前近代的な考え方が残っていて、家庭に入れば赤ちゃん同然という例があります。

子どもの気持が分かるのなら買ってくれなきゃ

母さんにとってはどうでもいいしかし、若い夫婦の中には家事、育児を分担して、例えば食器の後片付けをするとか、布団を敷くとか、子どもの着替えをさせるとか、勉強をみてあげるとか、協力体制が強くなっていることは、うれしいことですとくに、子どもの面倒を直接にみるという父親がふえ、子どもと遊ぶことの楽しさを学習してきますと、子どもも父親を慕うようになります。昔の厳父の姿が非常に少なくなったのは、昔の厳父が家父長としての権威を保つためのものであったことを思えば、非常うれしいことです。母親よりも父親を慕うという子どもも増加しています。これは、母親のようにしつけを急がずに、子どもと遊ぶことが多いからで、遊びがいかに親子の親密さ
と関係しているかがわかります。
鬼母の増加とともに慈父が現れたとも言えましょう。
しかし、パパがババ的ともなってしまった面があります。つまり、子どもに対する可愛さが増して、子どもを甘やかす父親が増加しました。ママには内緒でねなどとものを買い与えたりする父親もありますし、ペットのように着飾らせたり持ちものを与えたりして喜んでいる父親もあります。
母さんは私のことをちゃんと見ていてくれたんだちょ勉強でやむなく遅いけれどそれでも十時。その結果、子どもには依存性や自分本位な心が強くなり、つらさに打ち勝つ気力が養われません。
それを心配した母親は、どうしても子どもにきつく当たるようになります。それを見た父親は、母親にもっと甘やかすようにとか面倒みてやれと強要することがありすっかり母親を混乱におとし入れているような例もあります。とくに父親が苦労して財産を作ったというような例では、子どもに対する物質的、金銭的なしまりがなくなり、子どもにぜいたくをさせるようになっています。
子どもに気力や耐える力を養うためには、父親の力が必要です。昔から、胸を貸すという言葉がありますが、力士の例にたとえて、からだをぶつけさせてころがしてやることを言ったのです。

子どもを守るのは親として当然のことです。

獅子でいえば、子どもを谷底につき落として、自分で這い上がるまで待っている姿勢が大切です。
ですから、相撲の相手をしてもかんたんに負けるようなことをせずに、あるときには投げ飛ばすとか、ジャングルジムでも高いところまで登れるよう励ますとか、車で行かずに電車でいったり、林の中に探検に行くとか、子どもの気力を養うための担い手になってほしいのです。
可愛い子には旅をさせよとは、この点を適切に表現しています。それは、母親にはなかなか実現しにくい役割です。
教育は両親二人が手をとり合って両親の協力のもとに、とめておきましょう。
どのような点に注意して子どもを教育したらよいかについて、ま第一に、子どもの発達について勉強し合ってほしいことです。
均的な発達について知ることよりも、それ以上に大切なことは、よく書かれている本を求めるといいでしょう。
子供たちであった。


指導でぶん殴るなんてことも皆無だった。

両親の家と同敷地内にありますその際に、年齢による平子どもの個人差についてその点でおすすめしたいのは、アメリカのゲゼル博士の書いた乳幼児の心理学学童の心理学青年の心理学の三部作で、零歳から十六歳までの発達が、個人差を含めて詳しく書かれていますしかも、発達は真っ直ぐに行われるものでなく、右にゆれ、左にゆれながら-つまり言うことをきくときもありきかないときもあり、生活習慣をきちっとするときもあり怠けるときもある-といった具合に、両親の望むような世話の焼けないよい子の姿で発達はしないということを知ってほしいのです。